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「カエデ様!!」
カエデの体が白い光りに包まれ、霧散して光になった。
カエデの身体を形どっていた光も、やがて宙に消えた。
その事実をようやく頭で理解すると、こらえていた涙が次々と溢れて出て来た。
初めて声を上げて泣いた。
側にはタイカもいたが、彼は何も言わずにいてくれた。
胸が押しつぶされそうな圧迫感のせいで、言葉らしい言葉が出なかった。
「あぁ……っ!」
しばらく地面だけを見て泣き続けていると、瞳から零れ落ちた涙が突然、光を帯びた。
「……えっ……?」
光りは徐々に膨れ上がり、シキとタイカを包んでいく。
「――これはっ……!」
タイカは何かを確信したように呟いた。
シキには何が起こっているのか分からない。
ただ、何かが生まれようとしていることは確かだった。
シキが落とした涙を中心にして、光りの波紋が広がる。 それは手、足となり、顔となり、人の形をとった。
「……君は」
目の前にいたのは、自分より幼い女の子だった。光沢のあるやや長めの黒髪に、白くて細い手足。 開いた大きな瞳は自分と同じ紫色の瞳で、紫水晶を思わせた。
呆然と少女を見つめていると、タイカが口を開いた。
「精霊だ。お前の涙が、こいつを生んだんだ」
「……精霊」
カエデやタイカのような精霊に会ったことはあっても、生まれる瞬間に立ち会うのは、初めてだった。
精霊の誕生とは、これほどまでに神々しいものだと理解する。
「ねぇ、あなただぁれ?」
少女の声でようやく正気に戻った。
「え……えぇと」
いきなりのことだったので、どう返答していいか分からず、口ごもる。
「私はね、私の名前はね、カエデっていうの」
「……えっ」
カエデ、の名前を聞いて耳を疑った。
当然、生まれたばかりの精霊には名前がない。たとえ知っていたとしても、先程消えてしまった精霊の長と同じ名前など、ありえないことだ。 偶然とは思えない。
――だとしたら
「ねぇ。あなた、どうして泣いているの? 泣かないでよ。ねぇ、側にいるから。私がずっと側にいるから」
また涙が溢れ出す。
側にいるから、と言う少女の声があの長の声と重なった気がした。
「泣かないで。ねぇ?」
「……うん。……うん」
彼は消えてしまった。それは事実だ。だが、彼の想いは、こうして帰って来た。 自分を慰めるために、また戻ってきてくれたのかもしれない。
「ねぇ……あなた。えっと……そうだ。あなたのお名前は? 何ていうの?」
小さなカエデは必死にシキを泣き止ませようと、話を変える。 こんな小さな子に慰められる自分は、どれほど今みっともない顔をしているのだろうか。
シキは両腕で涙を拭う。
「……シキ。僕は、シキと言います。初めまして。カエデ様」
「――シキね。シキ、とってもいい名前ね」
以前、長と再会したときも同じことを言われたのを思い出し、シキは苦笑する。
『シキか。とてもいい名前だな』
そう言って笑った彼の笑顔は、今でも鮮明に覚えている。
「シキ。あなたが住んでいる所を案内してよ。行こう!」
差し伸ばされた小さな手を、若い子鹿の霊が握る。
「はい……!」
流れるときの中で、姿形を変え、やがて次の世代へと引き継がれていく。
大切なものを胸に抱え、今を生きる者達はまた何かを求め、歩き出していくのだろう。
『オレはカエデ。よろしくな、シキ』
--------------------END 絵/文 へな